MPI松香洋子さんのワークショップに参加

この週末、どうしても出たかったというのは、松香洋子さんの「MPIの考える多読」というワークショップでした。松香さんのことは今さらご紹介するまでもないでしょうけど、松香フォニックス研究所(MPI)の所長であり、日本の児童英語教育の草分けの一人でもあります。わたしは以前から松香さんの考え方が好きで、じつは英語教室を開こうと考えたときにMPIの資格を取ることを真っ先に検討したのでした。

松香さんの考え方の何が好きかといえば、児童英語教育のゴールを“15歳までに英語でコミュニケートできる子どもを作る”というところに明確に打ち立て、それを目指して段階的に“今、何をすべきか”を考えているところです。彼女の打ち出している指針は、英語子育てをしたいと思ったわたしにある種の目標を与えてくれたし、自分の子ども以外を教える場面でも役立っているように思います。

15歳という言葉に共感するのは、わたし自身が初めて同年代の外国人(アメリカ人)と密に接したのが15歳の英語キャンプだったからかもしれません。当時、わたしは英語が得意な高校生で、挨拶程度のことは多少しゃべれたものの、もっと突っ込んだ話をいろいろしてみたいと思いながら、それがなかなかできなかった……というもどかしさを今でも覚えています。

さて、ワークショップの中身なのですが、予定とは違って、結局は松香さんの持論……「世界に通じる英語のできる15歳――15歳までのビジョン」と題したお話でした。面白かったのは、学ぶべき課題を6つの“文法”になぞらえて提示したところでした。レジュメの言葉で並べていくと……

A インタラクション――まずは人間として他者と関わるスキル
B プロソディー文法――音声に関する規則
C コミュニケーション文法――お互いに通じ合うための規則
D フォニックス――発音と文字に関する規則
E いわゆる英文法――品詞、語尾変化、分の種類、時制、修飾、etc.
F ディスコース文法――話の流れに関する規則

このうちAからCまでは小学生のうちに、Dは(小中学生)両方、EとFは中学生で実施するのだという。

Aは、「英語以前」の段階である。準備体操になぞらえてもいいし、その後の“英語”の種がちゃんと芽を出し葉を開いていけるような土壌作りの段階だと言い換えてもいいでしょう。この段階を経る必要があると主張するのは、あくまでも英語を“コミュニケーションの道具”にするということ、言い換えれば、他者との関わりのなかで使うものだということを体感的に会得させるためだとも思われる。

上記のB以降で使われている“文法”という言葉は厳密な用法ではなく、“ルール”くらいの意味でしょうか。プロソディーという言葉は初めてだったので、気になって、帰ってからちょっと調べてしまいました。

prosody 韻律学 

UsingEnglish.comによれば、Prosody is the study of the various rhythms used in poetry.

おそらくphonology(音韻学)の一分野、もっと広くはphonetics(音声学)の一部に入る学問ではないかと思われますが、ここでは深くは追求しません。上記の定義にも見られるとおり、通常は韻文の中のリズムやイントネーションを扱う学問を指すことばのようです。ただし、松香さんがこの言葉を使って言いたかったポイントは、英語には独特の音声に関する規則があるということであり、これを早期に獲得することが英語の習得にとっては重要だという点でしょう。

プロソディーに関して松香さんが言ってらしたことは、2つに分かれるように思われるのだけど、結局はひとつに集約されるのかもしれない。ひとつは「子どもは音の世界に生きている」という点。文字のない音だけの世界に生きている幼児は、音に対する感度が非常に鋭い。だからこそ、幼児に英語を教える人は、子どもたちを引きつけるためにも(そして自らも“違い”に敏感であり、使い分けられるように)、松香さんの言うプロソディー=すなわち、英語のrhythm, pitch, tempo, stress, voice qualityの5つを自在にコントロールできるようでなければならない。もうひとつは、松香さんご自身は「英語の細胞を作る」とか「英語の波長が聞こえてくるようになる」と言ってらしたけど、わたしなりの言葉で言い直せば、それは英語の音声にこめられた「意味を体感する(させる)」ということだと思う。日本語よりはるかに抑揚の幅があり、表現力が必要とされる英語という言語を身につけるために必要な、英語の“音感”教育。それを早期に行うべきだ(早期でないとなかなか身につかないから)ということであろう。

このことを児童英語教育の担い手の側に焦点を合わせれば、プロソディーを自在に操れる必要があるということになり、子どもの側に焦点を合わせれば、そういう教師に教わってプロソディーを身につけるべし、ということになるわけだ。

AからFまでのうち、あとはだいたいご理解いただけるかと思うけど、最後のディスコース文法だけは説明の必要があるかもしれない。これは、日本人の苦手な論理的組み立てに関する学習だと思った。論理的一貫性をもち、それを表現する(why,becauseの徹底、discourse markers="First," "Second," "Finally," "If...," "Today,"などを使って)ことの学習である。

最後にレジュメを「――ユーモアは世界を救う――」で結んでいるあたりも松香さんらしく、本当に元気をくれる人だなぁ……と思った。(この元気の素をいただくために、しんどい思いをしてでも、松香さんの話を聞きに行きたかったのだけど、行って良かった……と思う。)