「ピアノは教えません 音楽を教えます」

娘の新しいバレエ教室は決まったものの、ピアノと歌のレッスンをしてくれる先生はなかなか見つからなかった。ほぼ二ヵ月間もあれこれと探し、片手では足りない数のお試しレッスンを受けたけど、どこもしっくり来ず、諦めていったん音楽全般を教えている大きな学院に申し込んだ。

その学院では、子どもにはリトミックとピアノを勧めると言われた。しかし、どうしても娘は「おうた」のレッスンを受けたいと頑張るので、学校の都合もあって、リトミックとヴォイス・トレーニングのお試しレッスンを受けることになった。(ついでにピアノのグレードも見ると言われて、それば別枠で見ていただいた。)結果だけを言えば、娘はリトミックもヴォイス・トレーニングも気に入った。ところが、(いろいろ事情があって)その学院でピアノのレッスンを受けるのは絶対いやだと言い張るものだから、親としては困り果ててしまった。

リトミックと歌から始めてはどうかと、学院の先生からは言われた。しかし、果たしてリトミックを小学校4年生から始める必要があるのだろうか……わたし自身はリトミックソルフェージュも「伴奏付け」(そんな教科もあるのだそうだ)も、それとして学んだことはなかったけれども、ピアノを通じて音感やリズム感、ハーモニー、譜読みなどは自然と身につけてきた。自分の経験から、ピアノそのものの上達を目指すのでなくとも、音楽をやるならピアノは基礎だと思っているので、どうしてもピアノはやらせたかったのだ。しかたなく、娘が先生を大のお気に入りになってしまったヴォイス・トレーニング(子どものおうた)から始めて、徐々にピアノにも誘導するしかないかと思って、いったん、そこへの入学を決めた。

ところが入学金を納入してきた2日後……全く別経路で、先生を紹介するとの連絡が入った。「この先生を忘れていたなんて考えられない。Kちゃんにはぴったりですから、ぜひ!」と。2ヵ月間もあれこれ探してきたのに! しかたないから歌から始めようと覚悟を決めた直後なのに!! ……迷いながらもお試しレッスンを受講。その先生に言われたのが、上記の言葉だった。

「ぼくはピアノは教えません 音楽を教えます」

その先生の体験レッスンで、こんなことがあった。「何か弾いてみせて」と言われて、娘は勢いよく「エーデルワイス」を弾きだした。娘はあまりピアノが上手ではないので、かくかくと指が動き、子どもによくあるようなやたらと一音、一音に力のこもった弾き方だった。

曲が終わって、その先生が言った。「ねえ、Kちゃん、エーデルワイスってどんなところに咲いているか、知ってる? 高い高い山の上、富士山より高い4000メートル級の山の崖先に、たった一輪、強い風にも負けずに咲いている花なんだよ……」等々。そして「その花を想像して弾いてごらん」と先生は娘を促した。すると……娘は、指を鍵盤にそっと置き、音が途切れそうになるほど慎重に、静かに、同じ曲を弾きだしたのだ。親のわたしが驚いた……娘は「音楽」を奏でていた。決して上手だとは言わないけれど、「表現」しようとしていたのだ。それは鍵盤の上でのただの指の練習とは別物だった。

いいかもしれない……と思って、結局、学院の先生には平謝りして、こちらの先生のレッスンを受けることに決めた。どうなるかはわからないけど、しばらく様子を見てみようと思う。