2つある『ねずみくんのチョッキ』英語版

なかえよしを作、上野紀子絵による人気絵本『ねずみくんのチョッキ』の英訳版は、どういうわけか2種類ある。訳者はそれぞれ異なり、タイトルも、なかの文章もけっこう違う。しかも同じ時期に別の出版社が発売している。通常、独占的な翻訳権を契約に盛り込むはずなので、こういう例はめったに見られない。

ねずみくんのチョッキ (CDつき えいごでよむ名作えほん) [rakuten:book:12027603:image]
*同じ2007年3月発行なのが、なおのこと驚きです。ちなみに、ここに表示される表紙の大きさは違ってしまっていますが、実物は本の大きさまでぴったり同じです。

一方は、ポプラ社から出ているCDつきえいごでよむ名作絵本シリーズの1冊。Kate Klippensteen訳で、タイトルはThe Mouse's Vestとなっている。

もう一方は、アールアイシー出版(R.I.C.)発行で、John Moore訳。タイトルはLittle Mouse's Red Vestと、ちょっと違っている。

Klippensteen訳のほうは、タイトルにも現れているとおり、どちらかといえば原文忠実主義である。日本語にない言葉は付け加えず、どちらかといえばニュートラルな基本語のみで訳文を作成している。(その分、ニュアンスは落ちる。)そこらへん、英語の苦手な日本人向けであることを意識した作りだともいえよう。実際、日本語とのバイリンガル表記になっている。

Moore訳のほうは、よりこなれた(ニュアンス的にも厚みのある)英文が使われている。英語作品としての出来栄えを重視した訳だと言ってもいいだろう。
一例をあげると、日本語で「すこし きついが にあうかな?」と言っている部分について、それぞれ次のように訳している。

Klippensteen訳
"It's a little bit tight, but what do you think?"


Moore訳
"It's just a touch tight on me, but I look good in it, right?"

Moore訳のほうが、日本語で作られたこの絵本を、ひとつの作品として(日本語が分からない人も含み)英語圏の人々にも紹介するのに適しているように思われるが、日本人の英語学習用としては??? 目的や好みによるでしょうね。ちなみにどちらもCD付きで、ポプラ社のほうは絵本の音読以外にABC Songも収録されているように、いかにも「学習用」である。人によっては、「お得」だと感じる人もいるでしょう。

個人的な好みを言えば、わたしはMoore訳のほうが好きです。でも、英語学習を始めたばかりの小学生くらいに「読めた」「分かった」という自信をつけさせるためなら、Klippensteen訳も悪くないかもしれません。